スエ子ババにっきです。
まとめて書きます。
いわゆる普通でない表現があったりするかもしれませんが…。
それも身内ならではの愛情表現です。
変な部分も普通の部分も笑いながら読んでください。
2009/06/20
05:30頃、なにげに…。
目が覚めて(目覚ましとか関係なく)携帯を見ました。
枕元に目覚ましの為置いてあるのです。
そしたら着信履歴が15件もありました。
絶対なんかあったと思い見てみると弟からでした。
急いでかけなおしたら
「ばーちゃんが死んだ」
ということでした。
なんとなく覚悟はしていましたがその日が来ると悲しいものです。
スエ子ババは3:38に他界したらしいです。
父も弟も死に目には会えなかったらしいですが、
病院に着いた時にはまだ温かかったらしいです。
あたしは(誰でもそうかもしれませんが)
寝る時携帯はマナーモードにしてあるので、
電話には気がつきませんでした。
HEROの携帯にも2度ほど着信があったらしいです。
あまりにもあたしたちが起きないので、
アパートの前まで来ていたそうです。
ピンポン鳴らして直接起こそうとしていたらしいですが、
あたしたちの部屋がどれだかわからず考えていたそうです。
父は弟に
「とりあえず鳴らしてみて違ったら『ごめんなさい』って言えばよか」
と言っていたそうで…。
弟は仕方なくその作戦を実行しようとしていた直前で…。
押そうとしていたピンポンは違う部屋で…。
あたしのから電話が鳴ったという、とっても危険な状態でした。
後から思ったのですが、
スエ子ババのが危険を知らせてくれたのかなぁと思いました。
その後着替えて実家に行きました。
近所のお手伝いの人がたくさん来ていました。
9時ごろ葬儀屋さんが来ました。
葬儀の日程などが決まりました。
葬儀 21日13:30
出棺 14:30
に決まりました。
そのあとHEROと2人礼服などの準備で一旦実家を離れました。
ここで心配なことが…。
あたしはここ3年ほどで急激に太ったんです。
んで…。よくある話ですが礼服が着られるかということ…。
7年(曖昧)ほど前に親戚のおじさんの時に窮屈だったのに、
そのあとまた太ったんです。
んでその後新しく買ったんですけどそれからまた太ったんです。
んで帰ってから着てみると………………。
2つともキツイ(*TДT*)
でも姿勢よくしていればなんとか…。
って感じだったのでがんばることになりました。
そしてストッキングやYシャツ、靴下などを買い実家に帰りました。
そしたらもう納棺の為に女性スタッフの方がいました。
もうアゴを固定するための布もはずされて、
お化粧もしてもらってきれいになっていました。
16:30頃自宅からの出棺なのでそのまま家でダラダラしていました。
実家はクーラーもないのでとても暑いでした。
出棺の時間になりました。
霊柩車のクラクションで合掌をしてスエ子ババを見送った後、
戸締りをして家を出ました。
18:00から通夜が始まりました。
たくさんの方がスエ子ババの為に集まってくれました。
23:00頃アパートに帰って着て寝ました。
ひさしぶりにヒールを履いていたことなどでとてもてそいでした。
そのまま線香臭かったけどベッドに倒れて2人とも寝ました。
2009/06/21
6:00に目覚ましをかけてありました。
でも目覚ましの10秒くらい前にすっきりと目が覚めました。
なんとなく「ばーちゃんが起こしてくれたのかな」と思いました。
こういう時ってどんなことでもそんな風に考えてしまうよね。
お風呂に入り、斎場に泊まった人達の朝食を買って向かいました。
一緒に食べた後打ち合わせの11:00までゴロゴロしてました。
打ち合わせが終わった後はバタバタしていました。
13:30になり葬儀開始の時刻になりました。
あまり信心深いほうでもなく、
お経って何言ってるかもわからんし…。
正直40分か長いでした。
でもお経が終わるころになり、
「そーいや30年近くばーちゃんと一緒に暮らしてきたんだなぁ」
なんて考えたら急に涙が止まらなくなりました。
そーなっちゃうともう駄目ですね。
「ひっくひっく」言うくらい泣きました。
人前で泣くのは好かんのですがまぁ場合によってはOKですよね。
父親が親族代表挨拶で泣いたり、
最後御棺に母親の分までお花を入れているのを見てまた泣けました。
14:30出棺になりました。
御棺は台車にのせられていました。
自宅葬の時は男の人達が何人かで持ちますよね。
でも葬祭場だったので部屋から出て玄関で車に載せるだけでした。
なのであたしたち孫が御棺の周りを囲んで一緒に歩きました。
すぐ近くの火葬場に行きました。
友引の翌日だったのですごく混んでいました。
こんなことで込むなんて嫌ですねぇ。
いつも誰かしら亡くなっているのだなぁと思いました。
火をつける時また泣くのかなぁと思ったら泣きませんでした。
葬祭場に帰ってから初七日をしました。
精進落としもしました。
でも通夜の日も葬儀の朝も、
普通のコンビニとかスーパーのお弁当を食べたので、
精進落としの意味がないちっくでした。
1時間くらいしてから火葬場に骨を拾いに行きました。
あんまり骨は残っていませんでした。
だからほとんど全部入れてあげることができました。
骨を拾う部屋はとても暑いでした。
あたしたちまで干からびそうでした。
そして実家に帰りつきました。
そのあとしばらくみんなで話をして、アパートに帰って寝ました。